Backcountry Skiing
先日、知人にお声がけいただき、山の中を割と歩いたり登ったりしてスキーをしてきた。その時に静止連続画と動画と両方撮っていただいたので、それらを繋ぎ合わせて動画にしてみた。人に見せるほどのものでもないけれども記録としてまぁまぁ面白いと思うので載せてみる。
何故か笑っている・・・
連続画にしてみたのは、threadsでこちらの投稿を拝見したからだ。
プロスキーヤーの中西太洋さん。と気軽に書いているがもちろん面識はないしご本人にお名前を出すことのお断りもしていない。でもテイネでお見かけしたことは何度かあり、サッボロテイネスキー場のパンフレットの表紙に載っているスキーヤーでもいらっしゃる。この機会にちょっと調べたらテイネのことが中西さん目線で深堀りされている面白い記事を見つけた。私はここ数年テイネしか滑っていなかったのだけど全然飽きないどころか毎度新しい扉が開くことを心底楽しんでいたので、レベルの次元は違うけど書かれていることは感覚としては大変良くわかる。
テンション上がってきて話が脱線した。後でまたゆっくり読もう・・・
とにかくここ数年はテイネばっかり滑っていて、特に昨シーズン(2022-2023)は本当に良く通った。といっても午前中、リフトが動き出してからほんの1時間半くらいで数本滑ってすぐに帰るのだが、その「少しをたくさん」積み重ねることが、随分と練習になったようで、翌シーズン(2023-2024)の初滑りの時に、例年ではありえないくらいに板に乗れている感覚があって驚いた。不思議なことに、「たくさん滑っている最中(2022-2023シーズン中)」には上達や体の変化、滑り方の変化は全く感じていなかったのだけど、シーズンオフ期間を経た最初の滑りが変わった。我ながら少しゾッとするような不思議体験である。でもこういうことは良くあって、何かの技術を習得する時に体験される方も多いのではないかと思う。私で言えば、例えばテニス。例えばピアノ。それから織り。何度やってもできないことを、少し「それ」から離れて時間を置いてからやると、なぜかスムーズに出来るようになっているという体験である。意識下で脳と体内の神経回路が連絡を取り合って最善最適の回路を作り直してくれているのだろう、自分で認識している経験よりもはるかに多くの情報が体内には蓄積されているのかと思うと底なしの凄さを感じる。
ともかくも私のスキーの不思議体験は連続静止画にも現れていた。というのは過去にもこういった写真を撮っていただく機会が何度かあったが残念ながらいつもフォームが残念な写真ばかりで、うち、良い写真はほんの1〜2枚しかなかったからだ。滑っている本人としてもどうもイマイチな感じだったのは言うまでもない。でも今回は「割と良い」と思える写真の枚数が増えていた。それが嬉しかった。とはいえ、さまざまな状況の変化に対応することができなくて不都合が起こるとすぐに以前の滑りに戻る。上に載せた動画は良い写真ばかりを繋ぎ合わせている。本当はまだまだこんな感じ。
「静止画は誤魔化しが効かなくてダメなところが良くわかる(中西さんthreadsより)」が良くわかる。
危険を冒しても何かをやりたい人間の不思議については、私は自分なりに一つの結論が出ていて、そのことについて以前書いている。これはきっと人類史農耕以前の長く続いた狩猟採集時代に遺伝子に刻まれた性(サガ)みたいなもので、危険で辛くて疲れて大変なことは先の報酬、その喜びや高揚感と結びついていて忘れられないのだ。
ともかくも、誘ってもらえて、寒い雪の山の中で動画や写真を撮ってもらえて、好きなことができること、こうした体験ができることは、なんと幸せで、有り難いことかと思う。感謝。
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